- 京都 五山送り火
- 五山送り火は、毎年8月16日に京都の大文字山などで行われるかがり火です。葵祭、祇園祭、時代祭と共に京都四大行事の一つとされていて、五山すべてが京都市登録無形民俗文化財です。お精霊さんと呼ばれる霊をあの世へ送り届ける伝統行事で、東山に大の字が浮かび、他の4つの山にも妙、法、船形、鳥居の形の炎が浮かびます。
- 京都 瑠璃光院 春 青もみじ
- 山門をくぐると木漏れ日の美しさに光る苔の緑が迎えてくれます。数寄屋造りの本堂の二階にあがると、大きく開けたガラス戸の向こうに一面の紅葉。春は新緑の青い世界が室内の家具にも映り込み、さらに鮮やかな世界が広がります。飛鳥時代に天武天皇が、八瀬の風呂釜で傷を癒したとされる頃から、人々の保養地であったと言います。
- 京都 金戒光明寺
- 浄土宗の開祖である法然によって建てられた光明寺は、江戸の終結差し迫る頃、京の守護職として任ぜられた会津藩の本拠地、黒谷本陣でもありました。その会津候の元で働いた新撰組の隊士たちの多くがこの地に眠ります。光明寺は全ての建物が西側を望み、そこにあるのは京の町と夕日。春には桜が咲き、人々が集う場所です。
- 京都 哲学の道の桜
- 西田幾多郎らの哲学者が思いに耽たと言われる哲学の道は、もとは琵琶湖からの水を引く疎水の管理道でした。歩く者が増え、住人が増え、散策道へと整備されたのです。
季節ごとの蛍や紅葉の道が集う人々に愛されていますが、特に画家の橋本関雪が大成した京都への恩を返そうと寄贈した桜は関雪桜と呼ばれ親しまれています。
- 京都 石清水八幡宮
- 都の鬼門に位置する比叡山延暦寺とともに裏鬼門を守護し国家の平和を祈ってきた、やわたのはちまんさん。鎮座する男山は古より多くの歌人に詠まれ人々に親しまれてきました。男山までを繋ぐケーブルカーの眼下には木津川・宇治川・桂川を望み辿り着いた本殿は江戸の名工が生んだ極彩色の見事な彫刻に彩られています。エジソンがこの地の竹を使い電球を灯したことでも有名です。
- 京都 北野天満宮追儺式
- 京都に梅の季節がやってくるころ、立春の前日である節分に行われるのが追儺式です。季節の節目の邪気を追い払い福を呼ぶのがこの行事。北野天満宮では七摂社の中に福の神を祀る摂社 福部社があります。豆まきに先立って行われる北野追儺狂言では、福部の神が鬼を諭す様子が演じられます狂言の後には、上七軒の舞妓、芸妓による日本舞踊が奉納されます。その後、魔除けや生命力を持つとされる穀物の豆を撒いて邪気を払い、
福を呼びます。
- 京都 平安神宮
- 平安神宮は平安京遷都1100年にあたる、明治28年に創建された比較的、新しい神社です。この時、京の町は幕末の動乱と東京への遷都により疲弊していました。
その中で京都を愛する人々の復興の祈りが平安神宮へと託され建築されます。京都三大祭りの一つ、時代祭などの行事では古からの文化を現代に伝える役目も担います。
- 京都 法輪寺 針供養
- 一昔前、家では着物を縫い、手提げをつくり、針は大切な道具の1つでした。その針の折れたり、曲がったりしたものを供養するのが針供養です。嵐山にある法輪寺では天皇の命によって針を納め供養する堂が平安時代に建立されたと伝わります。法輪寺では豆腐ではなく、分厚いこんにゃくに針をさしていきご供養を行ったあと、針供養の塔へと納められます。
- 京都 善峯寺
- 源算上人によって開かれた善峯寺は、徳川五代将軍綱吉の外祖父が薬師如来に女子の誕生を祈願し、後の綱吉の生母、桂昌院となったことから、開運出世のご利益で知られています。
3万坪に及ぶ境内は桂昌院の桜や紫陽花の名所としても親しまれ、回遊式庭園を上りきった薬師堂からは京の山々から市中までの絶景が広がります。
- 京都 平等院鳳凰堂
- 賑やかな街中から少し離れた宇治にある平等院。ここは平安時代の貴族の別荘地でありました。乱れた世にあって極楽浄土を願う人々の浄土信仰が反映された華やかな文化が見られます。
幾度となく戦火を逃れ、幸せの前兆に現れるという鳳凰を戴く平等院の祈りは、現代においても、十円玉に、そして一万円札にも刻まれています。
- 京都 世界遺産 龍安寺 石庭
- 室町時代、細川勝元によって創建された龍安寺。枯山水の方丈庭園(石庭)は世界遺産にも登録されています。今では世界に広がる禅ZENの世界を表現したと言われ、静寂と15の石で作られた小宇宙が心を静めてくれます。15の石は、どの位置から見ても一度に全ての石が見えない、不完全な美が、また不完全な物でも満足する「足るを知る」の教えが表されています。
- 京都 都をどり
- 「都をどりは~ヨーイヤサー」の掛け声とともに舞台上で四季を巡り、再び訪れる春までを舞う都をどりは、京に春を知らせる風物詩です。
明治5年、東京に遷都した後の京都を再興するために始まった都をどり。時代ごとの芸術家たちは戦後の復興などの度々に尽力をし、毎年新たな演舞を、京を代表する祇園甲部の芸妓・舞妓たちの舞う姿に魅せてくれます。